「The Portrait of JacobTV @アーニーズスタジオ」

ジャコパスみたいなタイトルですが、実際革新的な演奏会でした。

□セットリスト
01.The Garden of Love(佐藤淳一)
02.Billie(加藤里志)
03.Ticking Time(栗林肇)
04.BUKU(大石俊太郎)
05.Postnuclear Winterscenario No.10(佐藤、加藤、栗林、大石)
06.Grab It! 4(佐藤、加藤、栗林、大石)

現代音楽の演奏会に行ってきました。
JcaobTV(ヤコブ=テル・フェルドハウス)はテナーサックスとゲットブラスターのための「Grab It!」という作品でサクソフォン界にとっても知名度の高い作曲家です。
ゲットブラスターとは大音量ラジカセのことで、彼の作品ではあらかじめ用意されたサウンドトラックを流すために使用されます。

サクソフォンの独奏楽曲であっても、制限のない「サウンドトラック」を伴奏に用いることで、多様な表現が可能となっていますが、ただのカラオケにとどまるのでなく録音物ならではのコラージュ的手法が作品をさらに興味深いものに仕上げている印象です。

まずは佐藤博士による「The Garden of Love」。この楽曲ではゲットブラスターだけでなく、ステージ後方のスクリーンに映像を同時に流すことで、総合的な表現を実現していました。
考えさせられるような詩の朗読が流れたのち、その断片が散りばめられたサウンドトラックと詩の内容に沿った映像が流され、ソプラノサックスは楽曲の重要な部分を担当していきます。原曲がオーボエのために書かれただけあり、随所に木管楽器的な表現が要求され、一方ではマシンのような正確さが要求されるという高難易度の楽曲ですが、あくまで音楽とストーリーに没頭することのできる素晴らしい体験でした。

次は加藤さんによる「Billie」。これはジャズヴォーカリストビリー・ホリデイのインタビュー音声が素材として用いられており、演奏の前に加藤さんによる楽曲解説がありました。この解説にてビリーの節回しのクセなどが説明されたことにより、楽曲で実際にアルト・サックスが試みていた後ノリの表現などについて納得感を持って聴くことができました。演奏は素晴らしかったのですが、「ネイティブだったらもっと内容の深くまでを一聴してわかるんだろうな…」と悔しい気持ちもありました。英語むずかしい…。

そして今回の主催者である栗林さんによる「Ticking Time」。
これは佐藤さんと栗林さんの共同委嘱による楽曲で、本日が日本初演となりました。
ここでは福島第一原発事故が題材とされ、事故後のニュース映像をコラージュした映像がスクリーンに映しだされました。
扱う題材はシリアスですが、特定のメッセージをはらんでいるわけではなく、当時の印象的だった事象を抽出し拡大することで聴衆に考えを促すようなつくりになっていたように思います。
音楽的にはその名の通り、Tickしているというか、ビート感が比較的強く感じられる内容となっておりました。
栗林さんの演奏も気合が入っており、本日の演奏会の中でも特に印象的な1曲でした。

大石さんの「BUKU」ではサウンドトラックで用いられるのはジャズ・ジャイアント達。
特にチャーリー・パーカーの演奏がフィーチャーされ、演奏者にはそのフレーズのコピーやエコーを担当することが求められていました。
アドリブによるフレーズをコラージュしてグリッドのように配置していくさまは、聴いている身としては非常に興奮させられましたが、相当に大変だったはず。
特にクライマックスへの盛り上がりは圧巻のひとことでした。

各メンバーのソロの後は、4人による四重奏。
「Postnuclear Winterscenario」は訳すなら「核の冬の後…」とでも言ったところでしょうか。
明確なリズムやメロディはないとプログラムノートにあったので身構えましたが、想像以上に聴きやすい楽曲で驚きました。
ゲットブラスターを使用しないJacobTVの世界。これも扱う題材は深刻ですが、恐怖を表現する場合でもきちんとある程度のポップ性を担保し、聴衆に伝わるように構築していくあたりはさすがといったところでしょう。

最後に演奏されたのは「Grab It!」。
テナーサックス独奏とゲットブラスターによる版がよく演奏されますが、最近四重奏用に編曲されたとのことでこれも日本初演
スクリーンにはサウンドトラックで聴かれるセリフに即した映像も挿入されていました。
独奏版ではリズムやパーカッシブな要素、セリフが強調されていたと思いますが、この四重奏版では基本的に元テナーサックスだったパートを拡大したような内容。
しかし拡大の方法が主にハーモニーの領域にて実施されており、特に楽曲後半では原曲以上に感動的な和音進行が印象的でした。

まったく気を抜けない90分の演奏会で、存分に堪能することができました。
特に「Ticking Time」を聴いていて感じたのですが、やはり母国語が題材だと理解度が段違いです。
日本でもこういった表現はないのだろうか…と考えてみたところ、いわゆる「音MAD」の界隈が実は同じ方向性なのではないかと思い至りました。
ここらへん、もうすこし掘ってみると面白いアイデアがありそうな気もするなあ…。

それにしても栗林さんのアイデアと実行力には脱帽です。
Ticking Timeは名曲だと思うので、再演が重ねられ、世界に知られていってほしいなあ、と思います。