東京佼成ウインドオーケストラ「酒井格作品集」

私が特に好んで聴いている吹奏楽団の新作が出た。

 

 

 

東京佼成ウインドオーケストラ(以下、TKWO)は数年前から独立し、それに伴い一時的に活動規模も縮小、CDのリリースもかなり減ってしまっていた。

それでも定期演奏会のクオリティは毎回さすがと唸らされるものだったし、一度窮地を経たからこそ現在の聴衆との関係もまた築けてきているのではと思う。来シーズンの定期演奏会も発表され、その意欲的なプログラムにはとても期待が高まっている。

 

今作は久しぶりのセッションレコーディングによる新作で、しかもひとりの作曲家に焦点をあてた企画盤だ。指揮者の大井氏はもともと吹奏楽好きとして知られているところではあるが、なんと今回の企画は大井氏の出資によるとのこと。

 

「イタリスト」を自認する酒井格ファンの大井氏率いるTKWOは、今回のレコーディング直前に同内容の演奏会を行っていたこともあり、いずれもライブ感のあるハイテンションな仕上がりになっている。

 

今回の目玉はなんといっても出世作である「たなばた」(正式名は「The Seventh Night of July」)の初期稿だろう。酒井が高校在学中に独学で書き上げたこの曲は、後にいくらかの改訂を経て海外の出版社に持ち込まれ、見事出版にこぎつける。日本でもバンドクリニックをきっかけの一つとして広まり大ブレイクし、今では国内吹奏楽曲の代表の1つと言っても過言ではない普及度合いとなった。今回の演奏は楽譜こそ初期版であるものの、解釈は最新…つまり、特に後半部の仕掛けなどが明らかになっている状態であるため、より興味深く聴ける。演奏のメリハリのバランス感も素晴らしく、仕掛けを強調しすぎることなく各声部が聴き取れるようにしていてとても良い。あらためてこの楽曲の魅力を認識できた。

 

「148の瞳」「さよなら、カッシーニ」といった比較的新しい楽曲が取り上げられているところも大井氏のこだわりを感じさせる。いずれも持ち味のメロディーの良さに加え、スパニッシュであったりサウンドトラック的であったりと多様な表情を見せるオーケストレーションも魅力だ。

 

「森の贈り物」は個人的に一番期待していた楽曲だ。様々な楽器の印象的なソロもさることながら、楽曲を貫く大きな一本のストーリー感が心地よい。それでいてアンサンブルはなかなかの難所が多いのだがここでもTKWOは常に美しいサウンドを響かせている。これまではこの作品を聴きたいときは委嘱元である龍谷大学が鉄板だったのだが、今後はこの演奏も決定版の一つになるだろう。

 

「いちご協奏曲」はフルート、オーボエファゴットの三重協奏曲で、なんと大井氏の委嘱。自分で楽曲を委嘱までしてしまうとは、この作品集(および演奏会)に傾けた情熱のほどが伺えるというものだ。特に木管楽器の近現代の協奏曲というと特殊奏法であったり難解な語法を使った曲が多い印象があるが、そこはさすが酒井と言おうか、どの瞬間をとってもメロディアスであり聴きやすくキャッチーだ。私も吹奏楽をやっていたときに酒井作品を演奏したことがあるが、そのときと同じ「演奏していて楽しくなる音楽」になっているのだろうなと感じた。

 

初期の代表曲から最近の曲、そして協奏曲と吹奏楽における酒井格作品の様々な形態を味わえる贅沢な一枚となっているので、酒井格入門にも既存の酒井格ファンにもおすすめできる好企画と思う。ぜひ聴いてみていただきたい。

 

また、本アルバムはCAFUAレコード公式から購入すると過去に酒井氏と大井氏が対談形式で「たなばた」の解説を行った際の動画が付いてくる(2時間以上)ので、だんぜんオススメだ。

 


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