聞き専のための吹奏楽

「聞かずぎらいのための吹奏楽入門」が発売された。日本の吹奏楽の歴史をざっくりと俯瞰しつつ、コンクール事情なども踏まえて様々な吹奏楽作品に言及した本で、これから吹奏楽を聞いてみようという向きには色々な作品名をとりあえずインプットでき、たいへん重宝するのではないだろうか。ことに吹奏楽曲はポップソングのようにタイトルにこだわるので、タイトルから興味を持って聞いてみるという出会い方もありだと思う。

 

その一方で、リスナーとしての吹奏楽という意味ではやや「作品」にフォーカスしがちなのかなという印象を受けた。クラシック的ないわゆる「楽譜が存在し、不特定多数の人がそれを演奏する」というジャンルにおいて個人的に重要と思っている要素は主に2つで、「何をやるか」「どのようにやるか」である。作品についての語りは「何をやるか」に該当する。これは非常に重要で、どのような曲を取り上げるか、演奏するか、はては聞いて、好きになるかというところに思想があらわれたりするものだ。

 

だが、ここではあえてもう一方、「どのようにやるか」に着目したい。これはリスナー目線で言ってみれば「誰の演奏で聴くか」にあたる。いわゆる管弦楽をはじめとするクラシック音楽の楽しみ方にはこちらの比重のほうが大きいのではないだろうか。それこそベートーヴェンひとつとっても「カルロス・クライバーの指揮で聞く」「フルトヴェングラーの指揮で聞く」「山田一雄の指揮で聞く」それぞれにおいて得られる音楽的体験は完全に異なるものとなる。

 

吹奏楽でその視点を持って聞き漁るとしたらフォーカスすべきは…「楽団」である。日本国内だけでも数多くの吹奏楽団が存在するし、プロに限ってもかなりの団体および録音が存在する。それぞれの団体の特徴や聞きどころを挙げることで、「吹奏楽聞き比べ沼」への補助線としたい。

 

東京佼成ウインドオーケストラ
■オオサカ・シオン・ウインドオーケストラ
シエナウインドオーケストラ

 

この3団体は聞き始めるにあたってまずお薦めと言って良い団体だろう。もちろん他にも広島WO、フィルハーモニックウインズ大阪、各種自衛隊音楽隊など多数の録音が存在する団体はあるが、それはまた別の機会に紹介としたい。

 

東京佼成ウインドオーケストラ(1960~)
かつて指揮者フレデリック・フェネルが率いた団体であり、60年の歴史から録音数も数多い。もともと立正佼成会が母体であったことから安定した運営を行い、玄人好みな芸術性の高い録音から野球応援企画まで幅広い活動を行った(2022年より独立)。中でも「トーンプレロマス55」や「ぐるりよざ」といった邦人作品を取り上げたシリーズの評価は高い。演奏の傾向は素直で端正。フェネル期は指揮者の特性もありドライブする傾向もあったが特に近年は落ち着いて高いクオリティを達成した上で、演奏会では熱い演奏を聞かせてくれるという印象だ。そのため、いわゆるブラスバンドらしいイケイケドンドンを期待すると少々肩透かしを喰らうかもしれないが、落ち着いて作品の良さを聞き分けてみたいという向きには自身を持っておすすめできる楽団である。

 

 

■オオサカ・シオン・ウインド・オーケストラ(1923~)
もともと陸軍第4師団の軍楽隊であり、長らく大阪市音楽団という名称で活動していたが2014年に民営化して改名。この3団体の中で最も歴史が長く、2003年には80周年記念誌が発行されており(おまけのCDは名盤である)、今年は100周年記念誌も発行されているようだ。録音も数多く、特に木村吉宏が指揮をとった「ニュー・ウインド・レパートリー」シリーズは吹奏楽のレパートリー開拓として新曲を積極的に取り上げるなど、よい企画であった。大阪らしくオモロイもんは取り上げるというフットワークが魅力で、「ハリソンの夢」「宇宙の音楽」「バーンズの交響曲第3番」など、この団の演奏により広まった重要作品は数多い。長い歴史に裏打ちされたまろやかで統一感のあるサウンドが魅力で、合奏体が1つになったかのような盛り上がりや歌い込みは特筆ものと言えるだろう。大阪市内の公園でのコンサートなど市民との結びつきも強く、生活の中に根付いた楽団という印象がある。

 

 

シエナウインドオーケストラ(1990~)
今回取り上げた3団体の中では最も新しい楽団である。とはいっても創立から33年でありもうベテランの域ではあるのだが…。ここの特徴はなんといっても指揮者の佐渡裕との強力なタッグによる作品群である。「ブラスの祭典」の第3段までのアルバム群には興奮する中高生が続出した。とにかく若手による覇気あふれる演奏スタイルが魅力的であり、吹奏楽コンクールでよく取り上げられる「ローマの祭」「フェスティバル・ヴァリエーションズ」などといった難曲を圧倒的クオリティで収録したシリーズであった。しかし現在あらためて聞き直すと意外に端正である印象も受ける。佐渡のパブリックイメージは感情型、熱い指揮者だと思われるが、彼のミーハー的な気質や構成力から、作品と程よい距離感を保ちつつ魅力を提示してくれる演奏とも感じる。近年も全曲委嘱初演の演奏会を行ったりと挑戦的であり、応援していきたい。

 

 

□聞き比べ
聞き比べの楽しさを知るにはいわゆる通俗名曲が最も適しているだろう。ホルストの「ミリタリーバンドのための第一組曲」とリードの「アルメニアン・ダンス」は各団体の録音が多数あり、おすすめだ。以下プレイリストを添付しておく(シオンの演奏が少なかったため、聴き比べできるスパークの楽曲も含めた)。気に入った団体を見つけたら、ぜひその団体が演奏する知らない曲を聴いてみてほしい。好きな演奏家を介して行う新しい音楽との出会いはとても楽しいものだから…。