東京佼成ウインドオーケストラ「第163回定期演奏会」

■曲目
01.ウインド・プレイズ(福丸光詩)
02.アスパイア(J.ヒグドン
03.金管楽器と打楽器のための交響曲(A.リード)
04.第5交響曲(A.リード)
05.科戸の鵲巣(中橋愛生) 
06.マーチ「ゴールデンイーグル」(A.リード)

 

とても祝祭的な雰囲気に包まれた演奏会でした。指揮者の大井氏は東京佼成ウインドオーケストラの正式者に着任してから十年。当時の着任記念演奏会でも科戸の鵲巣が取り上げられており(CD化もされています)、十年の間に着実に実績と信頼を築き上げて次シーズンからは常任指揮者になることが決まっています。常任指揮者はかつてのフレデリック・フェネルと同等のポジションであり、単に音楽を作る以上に団としてのビジョンを強く共有して方針にもコミットが強くなっていくということなのでしょう。

 

私が東京佼成ウインドオーケストラ定期演奏会に足を運ぶようになったのも十年前くらい。当時から圧倒的な解像度を誇るクリアな演奏に魅せられてきましたが、確かにこの十年での変化も感じます。特に大井氏のカラーだなと思うのが演奏すること自体への意味付けでしょうか。単にエンターテインメントとして楽曲を配置するだけではなく、その都度の演奏会において明確なテーマを設定し、全体としてコンセプトアルバムのように聴かせる取り組みは刺激的でしたし、メッセージ性の理解にも助けになります。次シーズンのプログラムも大井氏だけでなく各指揮者の回でテーマが明示されるようになっているので、団として毎回の演奏会を作品として捉えるという意識が強まったのかなと想像させられます。大井氏はさらにマスランカチクルスという複数回の演奏会をひとつとして扱う試みにも手を伸ばしており、スコープを拡大したのだなと見ています。

 

今回のテーマは十年のしめくくりと未来への展望と言えるでしょうか。吹奏楽作曲家の大御所であるアルフレッドリードの交響曲のうち最初と最後のものを取り上げ、この十年で取り上げてきたリードの交響曲全曲演奏を完遂すると同時にヒグドンの最新曲や委嘱作品といった新しい感覚のサウンドを提示、十年前と同じ中橋作品の再演でひとつの円環を成すという仕掛けになっていました。私はこの団のサポーターズクラブにも入っており、ゲネプロも見学させてもらうことができたのですが、演奏に入る前に大井氏から楽団員への感謝の挨拶があり、この演奏会と楽団そのものに対する情熱がよく分かりました。

 

オープナーとなる福丸氏の委嘱新作「ウインド・プレイズ」は5分程度の短い作品の中に多層的な要素が入り乱れる意欲的な楽曲。冒頭の大井氏の氏名を同機としたトランペットに導かれて幾度かの波が押し寄せるような感触の作品でした。要素が多いと書いたものの、各要素のメロディーや和声は比較的理解しやすいというか聴きやすいもので、そのぶん重層的に同時進行することがらを把握できないことによる「わかるのにわからない」という独特な浮遊感を面白く聴きました。全体を通して祝祭的な感触が強かったことも良い驚きで、好きなように書いてほしいというオーダーに対しこのような機会や受け取り手のためという同機が強く現れるところに福丸氏の人柄がよく出ているようにも感じました。演奏後にはロビーでスコアも販売され、即完売していました。私は入手に成功。読み込みます。

 

グドンの「アスパイア」はこの日の演奏曲の中では外見的には最も静かな曲。木管楽器の音色の移ろいを強く感じさせながら織物のように丹念に組み合わされてゆく音を楽しむという楽曲で、これもたいへん興味深く聴きました。印象こそ静かであるものの各パッセージやハーモニーの絡み合いは精緻さを求められ、かなりの難曲と推察されます。噛みしめるように堪能したい名曲と感じました。

 

リードの交響曲の第1番という扱いになる「金管楽器と打楽器のための交響曲」は熱演。ホルンが最前列(とはいえ、指揮台との距離感は特殊管クラリネットと同じくらいの位置)という配置にも苦心が伺える編成でしたが、リード作品らしい重厚な響きとTKWOらしい整頓された高解像度な響きが両立。各パートの動きもしっかりわかり面白く聴くことができました。打楽器の活躍も素晴らしく、3楽章でのラテンな盛り上がりは興奮させられました。木管主体のアスパイアに対して金管によるリード交響曲ということで、各セクションの持つサウンドの魅力をあらためて提示する意図もあったのかなとも感じました。

 

休憩を挟んでリードの「第5交響曲」。これもたいへんな名演だったと思います。リードによる自作演奏の音源はTKWOとは第4交響曲までしか行われていなかったため、第5交響曲を彼らが演奏するというのは非常に貴重でもありました。第4交響曲などの技巧的な楽曲の流れを組んで凝った内容であると同時に、さくらさくらの主題を大胆に取り入れた第2楽章からもわかるリードのあたたかな想いが感じられる音楽です。今回特に印象に残ったのもやはり第2楽章で、日本的な和声をまとって登場したさくらの旋律が西洋的な装いになり盛り上がるのがとても暖かく演奏されていて心地よく聴くことができました。第3楽章も速いパッセージが多いところをメリハリよく聴かせ、納得感がありました。

 

最後は中橋氏の「科戸の鵲巣」。すでに十年前の演奏、録音がたいへんな名演だったので今回はどのようなアプローチで来るのか楽しみにしていました。前回はどちらかというと印象的な主要同機にフォーカスし、埋め込まれた同機の移ろいを順に見ていくという一本の線が通ったような演奏に感じたのですが、今回はメインの同機以外にもフォーカスがあたり、より多層的な響きが印象に残るようになっていました。この十年で社会も大きく変わり、より多様性を重要視するような流れがありますが、それも感じさせられるようなスケール感の大きな演奏でした。各パートがそれぞれの主張をしつつ、違うタイム感を持ちながら(風紋やクロス・バイ・マーチのように複数の登場人物が)時に集合し時に離散しという表現に、この曲はある意味、人間讃歌的な側面があったのだなという認識も新たにしました。最後の響きが消えきるまで拍手が起きず余韻が完璧だったのも嬉しいポイントでした。

 

アンコールにはリードのマーチ「ゴールデン・イーグル」。石川県の歌がトリオとして用いられている曲で、これもたいへん暖かい演奏でした。

 

これで今シーズンの定期演奏会も終わり、次からは新シーズン。セット券は確保済みなのでまた楽しませてもらおうと思います。