師走なので「くるみ割り人形」を聴こう

チャイコフスキー作曲のバレエ「くるみ割り人形」は彼の3大バレエの中でも最後に作曲された、いわばチャイコフスキーのバレエの集大成のような作品だ(あと2つは「白鳥の湖」「眠れる森の美女」)。クリスマスの夜を舞台にしたファンタジックな内容で、チャイコフスキーのメロディ・メーカーっぷりが存分に発揮されている。

 

チャイコフスキーは6曲の交響曲もたいへん有名ではあるが、どちらがメインともいいがたく魅力的な作品群なのだ。バレエ音楽は時に交響曲のようにシンフォニックになるし、交響曲バレエ音楽のように親しみやすいメロディに溢れている。

 

とはいえ私がバレエ音楽のシンフォニックさの魅力に気づいたのは最近だった。ここではそのきっかけと内容について共有したいと思う。

 

近年、ロシアの指揮者であるスヴェトラーノフを好んで聴いている。ロシアらしい豪快な鳴らし方を好み、ロシア国立響を率いた来日やN響への客演など日本との関係も厚く、亡くなってからもここ数年でもリマスター音源が毎年のように発売されている。

 

先日タワーレコードで発売されたボックスはN響での演奏をロシアものとドイツものに大別してまとめたもので、持っていない作品も多かったことからこれ幸いと購入した。その中にチャイコフスキーの3大バレエからの抜粋で演奏会を行ったときの録音が含まれていて、それがたいへん素晴らしい出来だった。なかでもくるみ割り人形がとても良く、構成としてはくるみ割り人形白鳥の湖、眠れる森の美女の順でハイライトを演奏し、アンコールとしてくるみ割り人形のパ・ド・ドゥで締めるというもの。

 

チャイコフスキーの3大バレエというとそれぞれの組曲版を演奏することが多く、特にくるみ割り人形組曲に魅力的な曲が多い。小序曲や行進曲はもちろん、金平糖の精の踊りや花のワルツなども多くの人がどこかで耳にしたことがあるはずだ。しかしスヴェトラーノフが抜粋した曲はこれらが一切含まれていない。白鳥の湖では情景、眠れる森の美女ではワルツといったように有名曲が取り上げられているのとは対象的だが、アルバムを通して聴くとスヴェトラーノフのやりたかったことが朧気ながら見えてくる。

 

くるみ割り人形として取り上げられているのは1幕の後半、第6曲~第9曲。組曲版で取り上げられている各楽曲との違いは、「踊りの曲」が少ないことだ。もちろんバレエなので踊りはつくのだが、花のワルツなどのようにあきらかに踊れるようなリズミックな曲というよりは重層的な響きを楽しむシンフォニックな楽曲群である。豪快な鳴らし方と歌わせ方が魅力のスヴェトラーノフにとって、その良さを最大限に引き出すことができる選曲といえる。

 

例1:組曲版で取り上げられている楽曲

 

例2:スヴェトラーノフ版で取り上げられている楽曲

 

では、この選曲はスヴェトラーノフのオリジナルのものなのか?と思っていたのだが、そうではない可能性も高いように感じる。というのも、同じくロシアの伝説的指揮者であるムラヴィンスキーがほぼ同等の選曲によりくるみ割り人形を演奏していた記録があるためだ。(正確には、パ・ド・ドゥの後に終曲が続いて演奏されている)

 

なので、ムラヴィンスキー版のような形式が共通認識としてロシア内であり、スヴェトラーノフはそれをベースにして選曲したうえで他2つのバレエと合わせてプログラミングを行ったのではないかと勝手に想像している。

 

いずれにせよ、ここで聴くことができるくるみ割り人形はたいへん重厚で美しい。この演奏を聴いて私はくるみ割り人形の新たな良さを再発見させられたといってよい。バレエ全曲というとけっこうな長さがあるため(とはいってもくるみ割り人形は短い部類ではあるのだが)、組曲版で満足している人もけっこういるのではないかと思うのだが、ぜひスヴェトラーノフ版の選曲で聴いてみてほしい。チャイコフスキーのまた違った一面を確認できるはずだ。組曲版とスヴェトラーノフ版を聴きこんだら、あとは全曲を聴きとおしたくなるのは時間の問題なのである。