井上道義さんの演奏会に行ってきました。
■曲目
01.ポルカ「クラップフェンの森で」(ヨハン・シュトラウス2世)
02.舞台管弦楽のための組曲 第1番(D.ショスタコーヴィチ)
03.交響曲第13番(D.ショスタコーヴィチ)
井上道義氏はかなり信念の強い指揮者で、特にショスタコーヴィチを得意としています。2024年をもって指揮者を引退することを宣言しており、今回がNHK交響楽団での最後の定期となります。
個人的にここ数年はショスタコーヴィチの交響曲に興味があり、いくつかの全集を集めたりしていたところでしたし、井上道義氏の音楽は大阪市音楽団を振ったときのディスクなどでとても好感触だったため、ぜひ一度、生で演奏を聞いておきたいという気持ちがありました。
ポルカ「クラップフェンの森で」はシュトラウスがロシア滞在をきっかけに書いたもの(作曲時のタイトルも「パヴロフスクの森で」)で、鳥笛が印象的に登場。あえて鳥笛を少し遅めに演奏させ、一瞬オーケストラが待つ形になるのが自然を感じさせ、面白く聞きました。最後は鳥笛奏者が吹いていないのに鳥笛が聞こえ…という面白演出もあり。井上氏のエンターテイナーぶりや、それを楽しんでいる感じが良かったです。
舞台管弦楽のための組曲はかつてはジャズ組曲第2番とも呼ばれたものから、行進曲、リリックワルツ、小さなポルカ、ワルツ第2番。
この組曲はジャズ組曲という名前で聞くとジャズ要素がどこなのか困惑することになるので、舞台管弦楽のための組曲というほうが実情にもあっていて理解しやすいでしょう。舞台で使用されるBGM的な、様々なシーンを想起させる楽曲群という感じです。サクソフォンやアコーディオン、ギターが効果的に用いられており、大衆音楽作家としてのショスタコーヴィチがよくわかる作品となっています。井上氏の棒は変幻自在で、タクトを持ったかと思えば途中で左手にしまって素手で感情豊かな表現を引き出したりと、計算されつつも感情表現がよくわかる流麗でパワフルな指揮でした。演奏も素晴らしく、特に2つのワルツでの哀愁漂うサウンドはたいへん心地良く聞きました。
後半はいよいよ交響曲第13番。バス独唱と男声合唱を伴う大編成オーケストラによる演奏です。独唱はアレクセイ・ティホミーロフ氏。数年前にムーティともこの曲を取り上げた録音があるようです。5つの詩をベースにショスタコーヴィチが音楽で補完したり仕掛けを入れたりと凝った作りの楽曲で、1時間の演奏時間の中にも場面がころころと変わり飽きさせません。特に1楽章はバビ・ヤールを題材にとっておりたいへんシリアスな内容。前半の軽い曲との対比がよく効いていました。
井上も2007年にショスタコーヴィチの交響曲全曲演奏で取り上げておリそれも名演でしたが、今回もたいへんな名演だったと思います。オーケストラ含めかなりの集中力を感じる演奏で、最後のチャイムが消え入るような味わいはやはり現地で聴いてこそでしょう。聞きに行けて良かったです。
また非常に良かったのが独唱のティホミーロフ氏で、歌声もさることながら、時に身振りを大きく交えて感情がよく伝わる表現スタイルで、これも井上氏のスタイルによく合致していたと思います。2楽章などは合唱との掛け合いが細かいので、特にその良さが出ていました。5楽章は比較的ゆっくりめのフルートにはじまり、最後に消えゆく際も祈りのような静けさを感じさせてとても印象に残りました。今回の収録音源はラジオでも流れる予定のようなので、チェックしたいですね。
実演を聴いて、あらためて井上道義氏のショスタコーヴィチに対する思い入れを感じましたし、雄弁な指揮姿にまだまだ観たいとも思わされました。今後の演奏会予定もチェックしておかねば…。