波多野裕文「継承されるありふれたトラの水浴び」

01.継承されるありふれたトラの水浴び

02.あえなく継承されたありふれたトラの水浴び(outro)

03.やがては統合されるありふれたトラの水浴び(outrotro)

 

代官山 晴れたら空に豆まいてクラウドファンディングのリターンとしてリリースされたPeople In The Box波多野のソロ曲。イラストレーター三好愛とのコラボレーション作品で、イラストカードと楽曲がセットになっていた。三好はこれまでもPITBの物販で「箱」のイラストを担当しており、あたたかみのあるイラストが印象的だった。

 

当初は「継承されるありふれたトラの水浴び」のみがリターン対象の予定だったが、楽曲にインスパイアされてイラストが描かれ、イラストにインスパイアされて楽曲が追加され…という相乗効果により結果として3トラックが完成、リリースされることになった。

 

「継承されるありふれたトラの水浴び」は今年頭のライブでも披露されたことがある楽曲のようだ。優しい音色のキーボードと歌声に乗せてややきびしめの歌詞が紡がれてゆく。途中で入ってくるピアノ、ストリングスやかすかに鳴るコーラスが加わり静かな印象を保ちながらクライマックスに向かってゆく流れは包み込まれるようで心地よい。

 

「あえなく継承されたありふれたトラの水浴び(outro)」はWether Report期の楽曲にやや近く、より生らしい楽器の音がパズルのように配置される。繰り返されるギターのフレーズの上で響くトランペットやコーラスが印象的だ。後半突然始まるビートが存在感を引き立たせる。

 

「やがては統合されるありふれたトラの水浴び(outrotro)」はスキャットで繰り返されるメロディの裏でピアノなどの楽曲が鳴り響いたかと思うと一旦のリセット。ピアノフレーズが核となり新しいボーカルフレーズが始まる。ここでも後半にビートが導入される。前半と後半のボーカルメロディが同時に鳴り響き統合を象徴して楽曲を閉じる。

 

3曲を通じて明確に継承されるテーマメロディがあるわけではないようだ(あえていうなら、outroおよびoutrotroに使用されているアルペジオ音型はやや共通点が感じられる)が、サウンドの方向性は通底しており、あわせて一つの作品となっている。

DGM「Tragic Separation」

トラジック・セパレーション

トラジック・セパレーション

  • アーティスト:DGM
  • 発売日: 2020/10/07
  • メディア: CD
 

  

01.Flesh And Blood

02.Surrender

03.Fate

04.Hope

05.Tragic Separation

06.Stranded

07.Land Of Sorrow

08.Silence

09.Turn Back Time

10.Curtain

 

イタリアのプログレメタルバンドDGMの新作が出た。結成当初にメンバーの頭文字をとって名付けられたバンドだが現在は全員入れ替わっている。メンバーチェンジのたびに音楽性を洗練させ、今ではDream TheaterSymphony Xを混ぜ合わせたようなハイクオリティな作品を産み出すバンドになっている。

 

当然メンバーの演奏技量も非常に高いのだが、特にギターのシモーネ・ムラローニは近年のイタリアンメタル界になくてはならない存在で、ファビオ・リオーネとアレッサンドロ・コンティのコラボでの楽曲提供やギター演奏、Secret sphereでのエンジニアとしての参加など枚挙に暇がない。しかし彼のギターの真骨頂はやはりDGMだ

 

今回も音楽性は前作までを踏襲しており、ハードなリフとメジャーなサビを持つ明るいサウンドの楽曲が並ぶ。サビでのフックが更に強化されている印象を受け、今までのアルバムだともう一声欲しくなっていたような箇所がかゆいところに手が届くメロディになっていて痛快だ。マーク・バジルの歌も素晴らしく、イタリアンメタルらしい高音の延びと骨太なサウンドが聴ける。

 

明確なコンセプトがあるわけではないと思われるが、全体を通して精神的な旅のようなものを感じさせるようなつくりになっており、最後の「カーテン」が映画のエンドロールのように響いてくる壮大な世界観だ。このスケールのサウンドをぜひ生でも聴いてみたいものだ。

 

 

 

 

東京佼成ウインドオーケストラ「吹奏楽燦選/シンフォニア・ノビリッシマ」

 

01.シンフォニア・ノビリッシマ

02.呪文と踊り

03.イギリス民謡組曲 第1曲 行進曲《日曜日には17歳》

04.イギリス民謡組曲 第2曲 間奏曲《私の素敵な人》

05.イギリス民謡組曲 第3曲 行進曲《サマセット地方の民謡》

06.行進曲《海の歌》

07.吹奏楽のための《クロス・バイ マーチ》

08.シンフォニック・バンドのためのパッサカリア

09.セント・アンソニー・ヴァリエーションズ(原典版)

10.復興

11.ブラジル

12.宝島

 

年に正指揮者に就任してから常にクオリティの高い演奏を提供し続けてくれている大井剛史。これまでのリリースはライブ録音のものが多かったが今回はセッション録音でのフルアルバムとなる。

 

シンフォニア・ノビリッシマ」はジェイガーの代表作で祝祭的な雰囲気に包まれた名曲。きらびやかさを出しつつも落ち着きのある上品な演奏。「呪文と踊り」はチャンスの代表作のひとつで、以前のアルバムでも「朝鮮民謡の主題による変奏曲」が取り上げられていた。美しいソロとキレのあるリズミカルな部分の対比が印象的。

「イギリス民謡組曲」および「海の歌」はヴォーン=ウィリアムズの古典名曲。比較的平易な技術で演奏可能だが充実したメロディとオーケストレーションで非常に演奏効果が高い。3楽章ラストの解釈は演奏者によって様々なバリエーションがあるが、大井の解釈は楽譜に忠実に素材の良さを引き出しており好印象。各パートの素晴らしいソロもあいまってこの楽曲の決定版のひとつになったと思う。

 

三善晃の「クロス・バイ・マーチ」はうってかわって現代的で複雑だが、持ち前のきめ細やかなサウンドで楽曲の面白さがクリアーに伝わってくる。兼田敏の「パッサカリア」やヒルの「セントアンソニー」もかつて吹奏楽コンクールで流行した楽曲たち。ただしここでは派手さに頼るのでなく楽曲本来の姿が味わえるような調理をされている。「復興」は東日本大震災の後に大人気となった(作曲されたのはそれ以前)楽曲で、プロ団体での腰を据えた録音が出たのは嬉しい。不穏な冒頭から光明がさすクライマックスまでのストーリーの描きかたは圧巻だ。アンコール枠としてはニューサウンズ・イン・ブラスの2曲も収録。ここでも上品なサウンドを聴かせてくれた。

 

いずれもよく知られた楽曲であり、東京佼成としての録音が2回目以上のものもあって目新しさという点ではやや地味なアルバムであるが、そのぶんこのオーケストラ自体の個性をトータルで味わうことができる作品になっていると思うし、時代とともにレパートリーを拡張だけでなく更新もしていく姿勢は好感が持てる。

 

まだまだこのオーケストラで聴いてみたい曲は沢山あるので、このシリーズの今後にはさらに期待したい。

  

大槻ケンヂとめぐろ川たんていじむしょ/大槻ケンヂと絶望少女達「愛がゆえゆえ/あれから」

 

01.愛がゆえゆえ

02.あれから(絶望少女達2020)

03.愛がゆえゆえ Instrumental

04.あれから(絶望少女達2020) Instrumental

 

10年間、アニメ「さよなら絶望先生」シリーズの主題歌を大槻ケンヂが担当した。私が大槻ケンヂをしっかり聴いたのはそのときが初めてだったのだが、すっかり世界観にハマってしまって今では毎年筋肉少女帯のライブに通うようになった。

 

今作は「さよなら絶望先生」と同じ作者、久米田康治の最新作「かくしごと」のアニメ化に際しての楽曲だ。絶望先生シリーズの時と同じく、作曲は特撮やCOTDNARASAKIが担当、演奏も特撮メンバーをベースにした編成になっている。

 

「愛がゆえゆえ」は最近の特撮の流れに沿ったような優しい曲で、いつくしむような大槻の声が暖かい。特撮サウンドの特徴であるハードなギターサウンドとピアノの組み合わせも絶好調。「あれから」は絶望少女達シリーズの続編。当時の主題歌群の世界を引き継いで現在をテーマに歌われる。メビウス荒野などを思わせるゴリゴリのギターとカオスな声優と大槻の掛け合いパートを経て「ぶれぶれ」「あいつら」などのキーワードをちりばめながらエモーショナルなサビに。10年経って紡がれるメッセージがここまで優しくポジティブなものになるとは、「絶望は閃光」との歌詞を思い出させられる。あれだけ屈折した感情を紡いできたからこそ「あれからよりこれから」がここまで強く響くのだ。かくしごとの曲を作るにあたって「もう一度、絶望少女達を」というのは大槻ケンヂからの提案だったという。思い出を更新してくれてただひたすらに感謝だ。

 


大槻ケンヂとめぐろ川たんていじむしょ/大槻ケンヂと絶望少女達 『愛がゆえゆえ/あれから(絶望少女達2020)』 試聴動画

 

Anaal Nathrakh「Endarkenment」

  

01.Endarkenment

02.Thus, Always, to Tyrants

03.The Age of Starlight Ends

04.Libidinous (A Pig with Cocks in Its Eyes)

05.Beyond Words

06.Feeding the Death Machine

07.Create Art, Though the World May Perish

08.Singularity

09.Punish Them

10.Requiem

 

毎回素晴らしいクオリティの狂気を届けてくれるAnaal Nathrakhの新作がリリースされた。イギリスの2人組バンドで、ドラムなどは音源では打ち込み、ライブではサポートメンバーを入れている。ジェットコースターのように激しく展開する楽曲が特徴で、ブラックメタルグラインドコア的なエクストリームメタル由来の暴力性とメロディアスな抒情性(高らかに歌い上げられるクリーンヴォーカル)の対比が心地よい。来日も3回ほどしており、私も1回目、3回目の公演は観に行った。

 

今作だが、まず冒頭の「Endarkenment」からキラーチューンだ。キメのきいたリフももちろんだがキャッチーに展開するサビの破壊力が凄まじい、今までも歌メロは覚えやすいものが多かったが今作はワンランク上という印象だ。「The Age of Starlight Ends」でも抒情的なサビメロがあり、さらに続いてのギターソロが素晴らしい。ここでもメロディが大切にされておりクライマックスへの盛り上がりを演出している。

 

今作では歌詞(の一部)と楽曲に対するコメントが付記されているのも特徴のひとつだ(今までは歌詞は記載されないのが通例だった)。英語が母国語でない私にとっては「記載されていないエクストリームメタルの歌詞を耳だけで聴きとる」のはまったく不可能だったのでこれはうれしい。「Libidinous (A Pig with Cocks in Its Eyes)」は裏ジャケット(流通ジャケをはがすと衝撃的な本来のジャケットが出現する)の絵を表したタイトルになっており、本作の核のひとつと言えるだろう。現代社会への痛烈な批判になっている。

 

「Beyond Words」ではVoヴィトリオールの表現力に圧倒される。低音から高音まで幅広い音域でのシャウトを使い分けており発声もブラックメタル的であったりと多彩だ。続く「Feeding the Death Machine」ではクリーンでのサビが非常に印象的。メロディだけでなく裏のギターも耳に残るメロディを奏でており、サウンドはエクストリームだがさながらオーケストラを聴いているような感覚にさせてくれる。今作は音もとても良く、混沌になりがちなサウンドがしっかり整理されていると感じる。各楽器がどういったメロディを奏でているかがよくわかるので楽曲の理解もしやすい。

 

ヴェルディのレクイエムを大胆に引用した「Requiem」でアルバムは幕を閉じる。ここまで現代社会に対しての批判を浴びせてきた作品の最後がレクイエムというのも一貫していて素晴らしい。過去最高に「多くのリスナーに届きやすいサウンド」で固めてきたうえでのこのメッセージ性は非常に効果的だ。ちなみに、日本版ボーナストラックには1曲目の「Total Necro Version」なるものが収録されており、ノイズまみれでめちゃくちゃうるさい仕上がりになっていてカッコいい。これは日本版がおすすめだ。

 

今作も素晴らしいアルバムだった。落ち着いたらぜひまた来日してほしいものだ。

  

竜理長「竜理長ライブ!」

竜理長(Ryo-Ri-Cho)ライブ!

竜理長(Ryo-Ri-Cho)ライブ!

  • 発売日: 2020/08/21
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

 

01.サンフランシスコ

02.Voyage~コロナの海の向こう側

03.You are the Sun

04.Piano de Running Light

05.元気になって

06.ドコノコノキノコ

07.月灯

08.夜走る

09.僕が悪かったんだ

10.56

 

Ba橋竜Pf三柴理Dr長谷川浩二によるトリオのライブ盤が配信リリースされた。6月に実施された配信ライブから選ばれたテイクにより構成されていると思われる。

 

「サンフランシスコ」は筋肉少女帯とはガラッと変わってミドルテンポのおしゃれなアレンジ。中間部でのソロまわしやためをきかせた演奏に熟練の技を感じる。「Voyage~コロナの海の向こう側」はキャッチーな歌もの。スリーピースだが多彩な響き。「You are the Sun」は緊急事態宣言下の状況を非常にストレートに歌ったもの。「Piano de Running Light」はDr長谷川作曲のインストゥルメンタル曲で長尺のPf三柴のソロがある。 後半に手数が増えていく長谷川のドラムも聞きどころ。

 

ポップな「元気になって」はBa高橋作曲。テクニカルな演奏に定評のある彼らだが、こういった音数の少ない曲でのムードを出した演奏もとてもよい。クライマックスにむけた繊細な盛り上がりなど聴き入ってしまう。「ドコノコノキノコ」はおかあさんといっしょの楽曲のカバーで疾走感のある面白い曲。長谷川のツーバス、三柴の歌声、高橋の「ダズビターニャ」など飛び道具的な聴きどころ満載で楽しい。

 

「月灯」はしっとりとしたバラード。染み入るような高橋の歌声が心地よい。歌心にあふれたベースソロも素敵だ。「夜走る」は短いインストゥルメンタル曲。「夜歩く」の世界観を受け継いだ曲で反復されるベースラインの上で焦燥を感じさせる演奏が繰り広げられる。「僕が悪かったんだ」はVOJA-tensionのカバー。2017年の楽曲をカバーするというところにも彼らのアンテナの高さが伺える。「56」は5拍子と6拍子を揺れ動くおしゃれな楽曲。どこか民族的な香りもする印象的なメロディだ。

 

全編を通して3人の音楽性の幅広さが伝わってくる面白いライブ盤に仕上がっている。


「ドコノコノキノコ」Ryo-Ri-Cho (竜理長)version

BUCK-TICK「ABRACADABRA」

ABRACADABRA [通常盤] [SHM-CD]

ABRACADABRA [通常盤] [SHM-CD]

  • アーティスト:BUCK-TICK
  • 発売日: 2020/09/21
  • メディア: CD
 

 

01.PEACE        

02.ケセラセラ エレジー        

03.URAHARA-JUKU        

04.SOPHIA DREAM        

05.月の砂漠        

06.Villain        

07.凍える (Crystal CUBE ver.)        

08.舞夢マイム        

09.ダンス天国        

10.獣たちの夜 (YOW-ROW ver.)        

11.堕天使 (YOW-ROW ver.)        

12.MOONLIGHT ESCAPE        

13.ユリイカ        

14.忘却

 

BUCK-TICK22枚目のアルバムが発売された。

 

今まで私にとってBUCK-TICKは「良いとは思うが乗り切れない」という印象だった。邦楽を聴く場合は大なり小なりタイトルや歌詞のイメージが強く影響してくるが、全体としての世界観を自分とリンクさせて味わうことができずにいた。

 

今作ではより直接的に現代社会に向けられた楽曲が多い。そのぶん世界観に没入するような聴き方はしづらいが、現実に寄り添ってくれる優しいアルバムとして私のようなライトなリスナーにも届きやすかったのではないかと思う。

 

ジャケットの絵からイメージされるようにこの作品はどこか明るい。歌われているのは社会問題だったりするのだがサウンドから伝わってくるのは暖かさや包容力だ。

 

ハードなビートの「URAHARA-JUKU」から異国情緒溢れる「SOPHIA DREAM」への繋がりや、一人二役が面白い「舞夢マイム」からの「ダンス天国」など曲順も巧みで聴き始めると最後までするっと聴けてしまう。「Villain」のインダストリアルなサウンドに今井・櫻井の声が交互に登場する仕掛けは最高にかっこよく、歌詞に「惡の華」「タブー」など過去作を入れ込んでいるあたりもニヤリとさせられるポイントだ。

 

後半は「獣たちの夜」などシングル曲のアレンジ版が続く。いずれもダンスミュージックを強く意識した仕上がりできらびやかなサウンドだが、その中でも異彩を放つギラギラしたギターはさすがだ。「MOONLIGHT ESCAPE」で逃避を歌いあげたあとは「ユリイカ」でクライマックスを迎える。シンプルだが未来へのパワーに溢れたこの曲は緊急事態宣言下で産み出されたという。高揚感の余韻を味わうかのように「忘却」でしっとりとアルバムは締めくくられる。

 

「現在」をパッケージングした非常に素晴らしい作品だと思う。このアルバムでBUCK-TICKの聴き方がわかってきたので、過去作品も掘ってみるつもりだ。